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最高裁判所第一小法廷 平成7年(オ)2512号 判決

上告人 内田雅敏ほか三名

被上告人 国ほか一名

訴訟代理人 田中雅幸

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

一  上告代理人竹之内明、同幣原廣、同遠藤憲一及び上告人兼上告代理人内田雅敏の上告理由第一点について

刑訴法三九条三項の規定が憲法三四条前段、三八条一項に違反するものでないことは、当裁判所の判例とするところであり(平成五年(オ)第一一八九号同一一年三月二四日大法廷判決・民集五三巻三号五一四頁)、論旨は理由がない。

二  同第二点について

刑訴法三九条三項の規定は市民的及び政治的権利に関する国際規約(昭和五四年条約第七号)一四条三項(b)及び(d)に違反するものでなく、原判決に所論の違法はない。論旨は、独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

三  同第三点について

所論の点に関する原審の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。右事実関係の下においては、増田検察官が本件被疑事件の主任捜査官である警視庁新宿警察署の新井警部との電話連絡により行った接見に関する指示、依頼は本件被疑事件について検察官が接見指定権を行使することがある旨をあらかじめ留置担当警察官に連絡するための内部的な事務連絡であると解して、それ自体は上告人らに対し何らの法的効力を及ぼすものでなく違法ではないとした原審の判断は、正当として是認することができる。論旨は、違憲をいう点を含め、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立って原判決の法令違背をいうものにすぎず、採用することができない。

四  同第四点について

原審の適法に確定した事実関係の下においては、上告人内田及び同小島がそれぞれ昭和六二年一月二六日及び同年二月六日に新宿警察署に赴いて上告人遠藤との接見の申出をした際、留置担当警察官からその旨の電話連絡を受けた増田検察官が、同警察官を通じて、上告人内田及び同小島に対し同検察官に電話をするよう求め、右各上告人が右求めに応じて同検察官に電話をするまで、右各上告人を待機させたことに違法があるとはいえない。これと同旨の原審の判断は正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。右判断は、所論引用の判例に抵触するものではない。論旨は、独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

五  同第五点について

検察官、検察事務官又は司法警察職員(以下「捜査機関」という。)は、弁護人又は弁護人を選任することができる者の依頼により弁護人となろうとする者(以下「弁護人等」という。)から被疑者との接見又は書類若しくは物の授受(以下「接見等」という。)の申出があったときは、原則としていつでも接見等の機会を与えなければならないのであり、刑訴法三九条三項本文にいう「捜査のため必要があるとき」とは、右接見等を認めると取調べの中断等により捜査に顕著な支障が生ずる場合に限られ、右要件が具備され、接見等の日時等の指定をする場合には、捜査機関は、弁護人等と協議してできる限り速やかな接見等のための日時等を指定し、被疑者が弁護人等と防御の準備をすることができるような措置を採らなければならないものと解すべきである。そして、弁護人等から接見等の申出を受けた時に、捜査機関が現に被疑者を取調べ中である場合や実況見分、検証等に立ち会わせている場合、また、間近い時に右取調べ等をする確実な予定があって、弁護人等の申出に沿った接見等を認めたのでは、右取調べ等が予定どおり開始できなくなるおそれがある場合などは、原則として右にいう取調べの中断等により捜査に顕著な支障が生ずる場合に当たると解すべきである(前掲平成一一年三月二四日大法廷判決)。

原審の適法に確定した事実関係の下においては、上告人内田又は同小島が本件各接見申出をした際、上告人遠藤又は同千葉は、いずれも取調べ中か又は間近い時に取調べをする確実な予定があって、右各接見申出に沿った接見を認めると取調べの中断等により捜査に顕著な支障が生じたものというべきであるから、接見の日時等の指定の要件はあったものというべきである。これと同旨の原審の判断は、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。右判断は、所論引用の判例に抵触するものではない。論旨は、違憲をいう点を含め、独自の見解に立って原判決の法令違背をいうものにすぎず、採用することができない。

六  同第六点について

所論の点に関する原審の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。右事実関係の下においては、昭和六二年一月二六日における上告人内田と同遠藤の接見及び同月三一日における上告人内田と同千葉の接見について、その時間を各一五分と指定した増田検察官の措置を違法ということはできないとした原審の判断は、正当として是認することができる。論旨は、違憲をいう点を含め、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立って原判決の法令違背をいうものにすぎず、採用することができない。

七  同第七点、第八点について

原審の適法に確定した事実によれば、(一) 上告人小島は、上告人遠藤及び同千葉の弁護人であったところ、昭和六二年二月六日午前八時三〇分ころ上告人遠藤が勾留されている新宿警察署に、同日午前一一時ころ上告人千葉が勾留されている中野警察署に順次赴き、右各警察署の留置担当警察官に接見の申出をした、(二) 右各接見申出がされた際、上告人遠藤と同千葉はいずれも取調べ中であったため、右各警察署の留置担当警察官は、上告人小島に対し、接見のための日時等を指定する権限を有する増田検察官に電話して協議するよう求めた、(三) 当時警察の捜査官による上告人遠藤と同千葉の各取調べは、勾留の満期を控え、最終段階に入っており、当日は、昼食及びそれに引き続く休息に必要な時間を挟んで夕方まで取調べが続く可能性があった、(四) そこで、増田検察官は、上告人小島からの電話に対し、翌日以降に接見のための日時を指定する意向を示したが、同上告人が即時又は昼食時間中の接見に固執し、当日の取調べ終了後又は翌日以降の接見を希望しなかったため、同検察官は接見のための日時等を指定するに至らず、同上告人は間もなく右各警察署から退去した、(五) 当日の上告人遠藤の取調べは、午前八時二三分ころから午後四時一〇分ころまで実施され、途中昼食とそれに引き続く休息のために午前一一時二三分ころから午後一時一五分ころまで中断され、同千葉の取調べは、午前八時一六分ころから午後四時二〇分ころまで実施され、途中同様に午前一一時四四分ころから午後一時ころまで中断されたが、右各接見申出があった時点において、当日の昼食時間の開始と終了の時刻及び午後の取調べの終了時刻を予測することは不可能であった、というのである。

このように、当日の上告人遠藤及び同千葉の取調べは、勾留の満期を控え、終日継続する可能性があり、その終了時刻を予測することが不可能であったことや、身柄拘束中の被疑者にとって食事及びその前後の休息の時間が重要であることなどにもかんがみると、上告人小島の接見申出があった時点において、接見の日時を即時若しくは昼食時間中に指定し、又は午後の取調べの開始時刻を遅らせた上で右日時を昼食時間の終了直後に指定することは、取調べの中断等により捜査に顕著な支障を生じさせるものというべきであり、右時点において、増田検察官が右日時を翌日に指定しようとしたことに違法があるとはいえない。これと同旨に帰する原審の判断は正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。右判断は、所論引用の判例に抵触するものではない。論旨は、採用することができない。

八  同第九点について

所論の点に関する原審の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。右事実関係の下においては、増田検察官が、昭和六二年二月九日午後の新宿警察署及び中野警察署における接見について、上告人小島に書面(接見指定書)を交付する方法によって接見の日時等を指定しようとしたことが、著しく合理性を欠くものとはいえず、同上告人と上告人遠藤及び同千葉との迅速かつ円滑な接見交通を妨害したものとはいえないとした原審の判断は、正当として是認することができる。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

九  同第一〇点の二について

原審の適法に確定した事実関係の下においては、上告人内田が昭和六二年一月二六日及び同月三一日にそれぞれ新宿警察署及び中野警察署に接見に赴いた際、留置担当警察官が、接見の日時等を指定する権限を有する増田検察官に連絡が取れるまで同上告人を待機させ、その間独自に右日時等を指定する要件の存否を判断して同上告人を上告人遠藤及び同千葉と接見させることをしなかったことが違法とはいえないとした原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、独自の見解に基づいて原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

一〇  その余の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決事示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

よって、判示七につき裁判官遠藤光男の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

判示七についての裁判官遠藤光男の反対意見は、次のとおりである。

私は、法廷意見のうち、判示七についての判断部分、すなわち、上告人遠藤及び同千葉の弁護人である上告人小島が検察官に対し昼食時間に接見させるよう求めたところ、検察官がこれを拒否した点につき違法性がないとした判断部分には同調することができない。その理由は、次のとおりである。

一  原審の適法に確定した事実によれば、上告人小島は、昭和六二年二月六日午前中、新宿及び中野の各警察署に赴き、それぞれ被疑者である上告人遠藤及び同千葉との接見を求めたが、既に同人らに対する取調べが開始されていたため、検察官に対し、昼食時間を利用しての接見を求めたところ、検察官から、「現在取調べ中であり、今日は取調べを続ける予定なので、明日以降にしてほしい。」としてその申出を拒否されたというのである。

二  上告人小島が接見を申し出た時点においては、上告人遠藤及び同千葉に対する取調べがいずれも既に開始されていたのであるから、接見指定要件が存在していたことは明らかであり、その取調べを中断して接見申出に応じなかったことを問題とすべき余地はない。しかし、この取調べは、昼食時間にはいったん中断されることが予定されていたのであるから、昼食時間帯ないしは午後に再開される取調べ直前の時間帯を利用しての接見を認めるべきであったか否かは、別個の観点から検討されなければならないところである。

三  まず、昼食時間を挟んで行われる午前の取調べと午後の取調べを一体のものとして評価し、午後の取調べが終了するまでその取調べが継続していたとみることができるか否かにつき検討する。もし、このようにみることができるとするならば、昼食時間帯ないし午後に再開される取調べ直前の時間帯もまた、現に取調べ中の時間に含まれると解することが可能だからである。

私は、午前、午後の取調べを一体のものとして評価すべきではなく、午前の取調べの終了によって、「現に取調べ中」という法的状態は消滅するものであり、たとえ、午後からの取調べが予定されていたとしても、それは、単に「間近い時に取調べをする確実な予定」があったにすぎないと考える。その理由は、次のとおりである。

1  刑訴法三九条の立法趣旨、内容に照らすと、捜査機関は、弁護人等から被疑者との接見等の申出があったときは、原則として、いつでも接見等の機会を与えなければならないのであって、捜査のため顕著な支障が生ずる場合に限り、その接見が一定限度の下に制約されるにすぎない。右制約は、飽くまでも、必要やむを得ない例外的措置として認められたものであるから、例外的要件の存否については、厳格に判断されなければならない。

2  「現に被疑者を取調べ中である場合」とは、「捜査に支障が生ずる場合」の一態様として評価されるものであるから、午前、午後の取調べを一体のものとして評価すべきか否かについても、取調べの中断により捜査に支障が生ずるか否かという観点からこれを評価するのが相当である。例えば、取調べ中に被疑者が手洗いに行きたいと訴えたため一時的に取調べを中断したような場合には、取調べを中断せざるを得なかった事情、中断事由が突如発生したものであること、その時間帯がごく短時間に限られていることなどからみて、その間に弁護人等の接見を認めることは相当ではない。この場合は、特段の事情が存しない限り、取調べの一貫性が妨げられるおそれ、すなわち、捜査に支障が生ずる場合が多いとみてよく、前後の取調べを一体のものとして評価して差し支えないと思われるからである。

3  これに対し、昼食のために中断された午前、午後の取調べをこれと同じに評価すべき理由はない。けだし、午前の取調べは、正確な時間はともかくとして、昼食時間の到来によって、必ずいったん終了することが予定されているものであり、突如発生するごく短時間の手洗いのためによる中断などとは全く異質のものだからである。したがって、この時間帯に限っていえば、現に取調べ中であることを理由とする捜査の支障を考える余地はない。

四  前記のとおり、午後からの取調べが予定されていたとしても、それは、間近い時に取調べをする確実な予定があったことを意味するにすぎない。この場合には、取調べが予定どおり開始できないことによって、捜査に顕著な支障を生ずるか否かが別途に検討されなければならない。したがって、その直前の時間帯に当たる昼食時間ないしは午後の取調べ開始に先立つ時間帯に弁護人等の接見を認めるべきか否かについては、次の諸事情を総合してその可否を決定すべきである。

1  原審は、昼食時間又は休息時間は最少限度それ自体のため確保される必要があるとして、昼食時間帯における弁護人の接見申出を拒否したことが違法でないとする。確かに、これらの時間が被疑者自身の健康保持等の利益のため設けられたものであることは否定し難いところであるが、被疑者にとって、それを上回る利益ないし必要性、切実性が認められる場合には、昼食時間等の確保の利益を自ら放棄することは決して許されないことではない。現に身柄を拘束されている被疑者にとってみれば、特段の事情が存しない限り、弁護人等との接見は、何ものにも代え難い切実な要請事項というべきものであり、その利益及び必要性等は、昼食時間等の確保の利益よりはるかに高いものとみてよいのであるから、被疑者の利益確保を理由として昼食時間帯における接見拒否を正当化することは許されない。

2  昼食時間帯における弁護人等の接見が、拘置当局における管理体制の必要上、一定限度制約されることがあり得ることはやむを得ないところである。しかし、その制約の程度は、拘置所の管理体制の違い、特に拘置所の規模、管理要員の数、被拘束者の数その他によって千差万別であり、一概にはいえない。もし仮に、本件代用監獄である新宿及び中野の各警察署内の留置場において、昼休みの時間帯を利用しての弁護人等の接見が比較的自由に認められていたとするならば、管理体制を理由とする接見拒否の合理性も乏しいことになる。したがって、これらの実態をも併せ考慮し、接見申出を拒否したことの適否が検討されなければならない。

3  弁護人等からの昼食時間帯を利用しての接見申出がされたということは、社会通念的にみて、午後から開始される予定の取調べに先立つ時間帯における接見申出をも含むものと解してよいであろう。

これを認めるべきか否かについては、捜査当局において、昼食時間が終了した後、直ちに取調べを開始しなければならない必要性がどの程度差し迫ったものであるかを総合勘案して検討されるべきである。例えば、勾留満期が切迫しているため、直ちに取調べを開始しなければならないような事情がある場合には、接見指定要件を充足するとみられる場合があるかもしれないが、そのような事情がない場合には、接見指定要件を欠くものというべきである。

これを本件についてみるに、上告人遠藤及び同千葉に対する勾留満期はいずれも昭和六二年二月一二日とされていたところ、上告人小島が接見を求めたのは、同月六日であったというのであるから、その間に二日の休日(日曜日及び祝日各一日)が含まれていたとはいえ、弁護人等に対する接見を認めたことにより午後からの取調べ開始予定時刻が多少遅れることがあったとしても、他に特段の事情が存しない限り、捜査のため顕著な支障を生じたとは到底認め難い。

五  以上要するに、昼食時間における接見申出を拒否した点につき違法性がないとした原審の判断は、法令の解釈を誤ったものであり、この違法が原判決に影響を及ぼすことは明らかである。

よって、原判決中の当該部分を破棄し、検察官の故意、過失の有無、前項2の管理体制、1及び3の特段の事情の存否並びに損害額等につき審理を尽くさせるため、同部分を原審に差し戻すべきものである。

(裁判官 小野幹雄 裁判官 遠藤光男 裁判官 井嶋一友 裁判官 藤井正雄 裁判官 大出峻郎)

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